小売企業は、デジタルトランスフォーメーションに取り組む準備はできているか

必要なのは、リテールイノベーションという考え方である

日本国内のEC市場規模(BtoC領域)は、2017年には16.5兆円、2019年には19兆5000億円まで拡大しており、野村総合研究所によれば2025年度の市場規模は、2019年度比で約1.4倍の80兆6000億円に拡大すると予測されている。しかしEC化率(すべての商取引の内、電子商取引が占める割合)を見てみると、2018年時点で、わずか6.22%だ。この数字を見て「ECは勢いがあると言いつつもまだまだ市場は小さいので、やはり実店舗にこそ勝機がある」などという早合点をしてはいけない。

まだまだEC化率は低いのは事実であるが、むしろ問題視すべきは、この“ECと店舗を分けて考えてしまう”ことなのだ。こうした考え方は、即刻見直す必要がある。

私は、今すでに「リテールイノベーション(小売革命)」に取り組めない小売・流通企業は、2025年には致命的な遅れをとってしまうだろうと考えている。リテールイノベーションとは、店舗などの「リアルでの顧客接点」、ECなどの「デジタルでの顧客接点」、運搬などの「物流」、発注などの「商流」のそれぞれの領域において、テクノロジーを用いて変革を起こしていくということだ。そしてその根本として、それぞれの領域を個別に考えるのではなく、連動させることが肝になるのである。

今後のECを考えるときには、すでに死語となりつつある「オムニチャネル」や「O2O」という概念を、再び引っ張り出さなければならなくなっていると感じている。(オムニチャネルという言葉ではなく、アリババの社長であるジャックマー氏が提唱した「ニューリテール」という言葉に置き換えられるかもしれないが。)

▶小売・流通業を取り巻く、3つの環境の変化

リテールイノベーションを目指さなければならない背景には大きく3つの理由がある。

1.EC専業企業の実店舗展開による脅威

Amazonを筆頭に、今までEC専業だった企業が実店舗を持ち始めるようになってきている。ECサイトから始まったIT企業たちは、従来の小売・流通の商習慣などのしがらみもないため展開も早い。また、ECで得た顧客情報(個人情報よりは属性情報や購買履歴重視)とテクノロジーを融合させ、新しい小売・流通のあり方を模索している。そのため、今までの競合他社との戦い方とは異なり、流通業が持っていない、「なぜ買ったのか」や「なぜ買わなかったのか」という理由データを膨大に保有しているIT企業が新たなライバルに加わっていると再認識することが必要なのである。

Amazonが2000年頃に書籍以外の商品も取り揃え始めたが、当時の小売・流通企業は「あくまでECの会社だ」と自社とは別業態と位置付け、そこまで深刻に捉えていなかった。しかし2016年のAmazon DASH ButtonやAmazon Echo、2017年のAmazon GOによって、リアルの業態にAmazonが進出して状況は一変する。もちろん実証実験段階ではあるし、まだまだ本格稼働させるには越えるべきハードルは多いが、すでにアメリカではAmazon GOを数店舗まで展開する計画が進行している。ECサイトに登録した個人情報や購買履歴がリアルの場においても自動で紐づけされることで、財布を持たずレジにも並ばなくていいというストレスフリーな未来店舗が誕生したという衝撃は計り知れない。

今後は、研究開発費が161億ドルにものぼるAmazonを筆頭に、多くのEC専業企業が、デジタル領域で得た情報を活かしながら、リアル領域での取り組みを加速させると思われるのだ。

2.生活者のデジタル武装

現代においては、企業よりも生活者の方が先にテクノロジーを使いこなしてしまう。皆さんはポケモンGOを体験したことはあるだろうか。また、YouTuberをどれくらい知っているだろうか。これからは、生活者のライフスタイルや世の中のトレンドをきちんと理解し、そこに寄り添える企業しか選ばれなくなるだろう。

もちろんそれは若者だけの話に留まらない。総務省の統計によると、平成18年(2006年)から平成28年(2016年)までの10年間で、高齢者のネットショッピング利用は2.9倍にまで伸びている。高齢者もECサイトを使い始めているのだ。さらに今後もスマートフォンでの利用は増え続けると予想でき、スマホを前提とした対応は必須である。

こうした状況において、今後ECにますます求められるのは、不便の排除と体験価値の提供である。デジタル武装した生活者はわがままであり、「不便」や「退屈」には耐えられない。ほんの少しでも「使いにくい」、「面白くない」と感じた瞬間にそっと離れ、他へと移ってしまう。今までのように「不便だけど仕方がない」とあきらめて、企業が提供する仕組みに合わせてくれるお客様はいなくなるだろう。

その代わりに、自分が気に入った仕組みに対しては、どこまでも支えてくれる。だからこそ、ECか店舗かということはあくまで顧客接点の話ではなく、そもそもどういう体験価値を提供するか、誰に提供するか、その上でECや店舗をどのような体験装置とするかを考えることが重要なのである。もちろんその体験価値は、生活者それぞれに個別最適されたものでなければならない。そこまで綿密に設計された体験を通して、顧客とのエンゲージメント(つながり)を形成して強化していくことが求められているのである。

3.ECを進化させるテクノロジーと環境が揃ってきた

AI、AR、VR、動画などのテクノロジーが、日常レベルでも活用され始めている。こうしたテクノロジーを活用することで、顧客とのもっとリッチなコミュニケーションが可能となる。たとえば、ECにAIによるチャットボットを搭載することで、まるで店員と会話しているかのようなやり取りができ、今までのような検索という手法ではなく顧客は自分が欲しいものにたどり着けるようになるだろう。また、ライブコマースや動画コマース、VRコマースなどの新しいECも出てきている。

さらに、5Gという次世代移動通信のサービス開始が、2020年以降を目処に進められている。すでに携帯会社では一部エリアで5Gは始まっているのだ。これはIoT(モノのインターネット化)の世界を見据えた環境整備で、ますますリアルとデジタルの境界はなくなっていくと予想される。

ただし、なんでもかんでもテクノロジーを使えばいいというわけではない。今までのECは非常に合理的な世界だった。どういう商品の見せ方をして、どれくらいの広告を行えば、いくらくらい売れるかがある程度予測できた。しかしリアルとデジタルの境界がなくなる世界においては、ECにもエンターテイメント性やブランド体験が求められる。テクノロジーありきではなく、体験価値の設計と、そしてそれをどうやって実現するかという企画力が必要なのである。

▶なぜオムニチャネルは失敗したのか

それではこれからのECはどうすべきなのか。先ほども述べたが、ECだけ、店舗だけで考えると失敗する。ECと店舗、リアルとデジタルを連携させて顧客体験価値を創出し、いかに顧客とのエンゲージメントを高めるかを考える必要があるのだ。多くのオムニチャネル施策が失敗した理由もここにあるのではないかと思う。たとえば「ECで買ったものを店頭で受け取れる」という仕組みだけで考えていると、ネット担当の部署と店舗において利益配分はどうなるのか、そもそも店舗とECでカニバリゼーションするため進められない、などの問題が噴出してプロジェクトが進まない可能性が高くなる。また、なんとかオムニチャネルの仕組みができたとしても、顧客に何をどう体験してもらうのかというストーリーがない以上、実際に生活者が動くことはない。

2014年頃からオムニチャネルという言葉が取り沙汰されるようになったが、結局は頓挫するケースを数多く見てきた。本来のオムニチャネル構想ではもっと深い意義があったのだが、現場で実際にプロジェクトを進めて行くと「店舗で集めた会員データをECサイトと連携する」などの小さな話に落ち着いてしまうということもよくあるのではないだろうか。

また、リアルとデジタルが融合するということは、全てがデータで取れるということだ。昨今、情報獲得競争が激しくなっており、まさにデジタルマーケティングの時代だと言える。たとえば、ZOZOSUITは個人の体型というデータを得ることで、そもそも在庫と言う考え方を変え、価格の考え方を変えようとしている。いかにデータを獲得し、活用できるかが重要なのである。

▶ECサイトは、インターフェースから考え直す必要がある

ここで、自社で持たれている/持とうと考えているECサイトについて、イメージしていただきたい。もしかすると、トップに大きな新着商品の告知バナーがあって、右か左にカテゴリーやおすすめ、検索ボックスがあり、ページの下の方にレコメンドされた商品が表示されている・・・というような作りではないだろうか。そのECサイトの構成は、今の楽天やAmazonのモール型のEC事業社が築いてきたものだ。自社で新しいプラットフォームを持とうとしているのに、従来のECのインターフェースのままでは、生活者がAmazonや楽天ではなくあえてそのECに来る理由はない。「結局集客が難しいよね」「そこそこの売上にしかならないよね」という結論に達してしまうのは目に見えているのである。

これからのECにおいては、従来のインターフェースをいかに変えられるか、そのためにテクノロジーをいかに活用できるかを検討すべきだろう。今までのような右に倣えのやり方では、“そこそこ”の結果しか得られない。品揃えではどうやってもAmazonや楽天には勝てないのだから、どうやって自社のECサイトにしかない価値を創り出すかが大事なのである。

▶積極的にテック企業と組み、実証実験を

新たなECのインターフェースを創るには、実証実験を繰り返すしかない。かつてのモール型のEC事業社が試行錯誤の末に今のインターフェースを作り上げたように、新しいECを生み出すためにはそれなりの投資が必要なのだ。

2017年頃から、小売・流通企業がテックベンチャーと手を組み始めているが、よい傾向ではないだろうか。すでに一社で全てを賄うことは難しく、テクノロジーも複雑になってきているからだ。さらに言えば、今までの競合他社と手を組んでもいいとさえ考えている。日本の小売・流通業界は、テクノロジー活用やデジタルマーケティングという面において世界に比べて遅れている。

競合他社とも組んででもデファクトスタンダードとなり得る領域は共同で実証実験を行い、その上で各社が独自の施策を行って行く、2020年はそのような大胆なことに取り組む最後のチャンスなのである。

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