多様化する「体験と購買の融合」を意識せよ

今やほとんどの生活者は、オンラインとオフライン、リアル店舗とECを頻繁に行き来する「チャネルホッパー」となっています。本格的なOMO時代の到来を迎える今、選ばれるリテール企業となるために確実に押さえておかなければいけないのが、このチャネルホッパーです。そこで本稿では、このチャネルホッパーの特徴から、これから求められるECのあり方を探っていきたいと思います。

スマホをチューニングして「自分の好きなもの」に囲まれる生活者

様々なチャネルを行き来するためのハブとなっているのはスマートフォンです。スマホは、この10年で私たちの生活をもっとも大きく変えた最大の存在と言っても過言ではないでしょう。

博報堂DYメディアパートナーズのメディア環境研究所発表の「 メディア定点調査2019」によれば、2019年2月時点で生活者のスマホ所有率は8割を超え、1日のスマホ平均接触時間は約2時間、全メディアを併せた接触時間の中で占める割合でいうと約29%で、テレビとほぼ拮抗しています(調査対象は15〜69歳の男女)。

さらには、IoTの進化によって、様々なデバイスと連動したアプリを用いて健康管理や自宅の状態の確認(施錠や掃除の状況、ペットへの餌やり、など)さえもスマホで行うことが当たり前となってきました。

つまり、今を生きる生活者は、スマホさえ開けばそこに常に自分の欲しい情報・コンテンツがある状態を、チューニングして自ら作り上げているのです。こうした手の届く範囲(=スマホ)に「自分の好きなものだけ」を集める習性を持つチャネルホッパー。極端な言い方をすれば、気に入られなければ、チャネルホッパーはそれを不要なものとして簡単に切り捨ててしまいます。

情報爆発の中で、いかにして「可処分接点」の奪い合いに勝つか

ではまず、どのようにしたらチャネルホッパーたる生活者に見つけてもらえるのでしょうか。全世界を流通する情報量は、2020年に流通するデータ量は実に44ZB(=44兆GB)、さらに2025年には125ZBになると言われており、今なお加速度的に増えています。こうしたこの天文学的な数字の情報が溢れている世の中では、闇雲にタッチポイントを作っただけでは狙った生活者に出会わせることすら困難です。

こうした情報爆発時代において、タッチポイントの「競合」は、他社の店舗やECだけではありません。オンラインゲームやSNS、動画コンテンツなどスマホ上にあるものも含めて「チャネルホッパーが選択し得る行動接点全て」です。

かつては、リテール企業が競い奪い合うものは「可処分所得」でした。それがECの進化などによって、いかにして自社のチャネル上で長い時間を使ってもらえるかという「可処分時間」の奪い合いが始まりました。

そして今、自分の好きなものだけを選んで行動するチャネルホッパーとの接点そのものを押さえにいく、「可処分接点」の奪い合いへと移行しているのです。

これからは、体験と購買が融合していく「× コマースの時代へ」

ますます体験と購買の融合は加速していくことになるでしょう。例えば、動画視聴をしていて欲しい商品があったらそのまま買えてしまう「動画コマース」や、記事を読んでいて欲しくなった商品をそのまま購入できる「メディアコマース」など、次々と新たな手法が生まれ、世の中を賑わせています。さらに、InstagramやTikTokなどのSNSアプリもECと連携し始めました。

こうした体験装置とECが結びつく、「〇〇 × コマース」を今後意識する必要があります。単なる自社ECを作っただけでは集客にも購買にもなかなか結びつきません。それならばAmazonや楽天などのECプラットフォームに頼った方が、売上に寄与するでしょう。これから自社ECを伸ばしていくためには、どうやって体験と結び付けるか、そして体験から購買までスムーズに行える接点をいかに多く持てるかが重要になるのです。

店舗の活用こそがECの可能性を広げる

デジタル上での情報が爆発的に増えている現状において、リアルでの接点を持っていることは非常に大きなアドバンテージとなります。なぜなら自分の好きなものだけに囲まれたいチャネルホッパーに対しては、商品の機能や価格を訴求するだけでは不十分で、いかに自社のフィロソフィー(想い)やストーリー(歴史)、コンセプト(価値)を体験してもらい、気に入ってもらうかが重要になるからです。

そうした観点で、店舗は最もリッチな体験ができるタッチポイントと言えるでしょう。日本では丸井などが「売らない店舗」を掲げていますが、体験重視の店舗は世界的にも増えています。韓国発のアイウェア・ブランド「GENTLE MONSTER」がソウルを始めとして世界の各都市で展開するリアル店舗は、まるで美術館のような空間演出で話題となっています。面白いところは「商品の陳列ありき、最終的な購買が目的」ではなく、「ブランドの世界観を顧客に体験してもらうことこそが目的」となっており、中には商品が全く陳列されていないフロアまで存在しているほどなのです。店舗で好きになってもらえれば、購買はECサイトでもアプリでもどこでも構わない、という方針です。

また、今注目されているのが「スタッフ」のECでの活用です。例えば、STAFF STARTというサービスなら、販売スタッフがSNS上にアップする参考コーディネート画像などに商品を紐付けることで手軽にデジタル接客を実現できるだけでなく、店頭で顧客が気になった商品の情報を、接客しているその場でQRコードにして顧客のスマホに送り込むこむことで、顧客が店舗を出た後でも販売機会として接点を残しておくことが可能です。魅力的な販売員による体温を感じるコミュニケーションが、顧客のファン化においてはますます重要になってくるはずです。

これからの自社EC

これからECを伸ばしていくときに考えるべきは、エンゲージメント(顧客とのつながり)です。どんなに店舗での売上が大きくても、エンゲージメントが高くなければ自社ECはうまくいきません。それならばECプラットフォームを活用した方が賢明だと言えます。逆に今は自社ECの売上が小さくとも、今まで店舗でエンゲージメントを高めてきた企業はチャンスだと捉えて良いと思います。チャネルホッパーとエンゲージメント全ては自社ECと店舗などのタッチポイントについて、それぞれの役割をきちんと捉えうまく融合させていくことで、チャネルホッパーに好かれ、最終的に売上を伸ばすことにつながるのではないでしょうか。