2030年の小売店はこうなる

2010年代は「インダストリー4.0」が発表され、IoTやAIの実用化が進み、世界的にデジタルトランスフォーメーションへの取り組みが加速した10年だったと言えるでしょう。実際、2015年を超えてからは「Amazon Go」や、 “ニューリテール”を掲げるアリババの「フーマーフレッシュ」などが登場し、「未来の小売業」の解像度は、誰もが鮮明にその姿を想像できるまでに上がってきています。さらに来年はいよいよ5G元年を迎え、小売業におけるIoT、AIの進化はここから10年でさらに加速するでしょう。

市場の変化やテクノロジーの発展はますます早くなっており、すでに数ヶ月先すら予想することは難しくなっているのが現状です。しかし間違いなく、特にデジタル領域のテクノロジーによって、消費者の行動、習慣、そして考え方までもがアップデートされていき、そうした消費者の変貌に合わせて、小売店舗の存在意義を新たに捉え直す必要に迫られるでしょう。

OMOの世界で店舗はどうなるのか

5Gの開始によるIoTの普及などで、現時点では過渡期と言えるOMO(Online Merges with Offline)という状態は当たり前になっていると思います。OMOとはリアルとデジタルが融合した状態のことを言いますが、その根本には、デジタルを起点にリアルを捉えなおすべきという思想があります。例えば、電車の中を見渡してみてください。ほとんどの人がスマホを見ているのではないでしょうか。体は電車の中にあっても、ほとんどの人の意識はスマホを通してオンラインの世界にあるのです。こうした状態は、店舗内でもどんどん広がっていくと考えられます。生活者は、リアルとデジタル、あらゆるチャネルを自由にそして瞬時に行き来する「チャネルホッパー」と化しているのです。

そのため、小売店は、自社の持つチャネルの種類を拡張し、全てのチャネル(デジタルデバイスやサイネージ、アプリなど様々です。)で生活者とコミュニケーションを図る必要があり、多種多様な顧客データを獲得し、顧客一人ひとりに提供されるサービスも、よりパーソナライズされたものになっているでしょう。

オムニチャネルなどの今までの考え方  

OMOの考え方

今でも、店舗ではなくECサイトで購入されるようになった商品が多くあります。2030年では、様々な家電や設備がIoT化した「スマートホーム」での暮らしが定着しているのではないでしょうか。洗剤やトイレットペーパー、あるいはコーヒーや調味料、汎用性の高い食材など、それぞれにとっての生活必需品は、ECサイトすら必要なく、口頭で指示を出すだけで済む、あるいはIoT家電が必需品の残量を判別して自動的にオーダーを済ませておいてくれる、という自動化が進んでいるのです。

それでは企業にとって、店舗という存在は必要なくなっているでしょうか。私はむしろますますその重要性が高まっているのではないかと考えています。OMOの世界ではデジタルが中心で起点となりますが、だからこそデジタル上で消費者とコミュニケーションをとることはますます難しくなります。2025年には世界に流通するデータ量が125ZB(ゼタバイト=125兆GB)に上ると言われており、2030年にはさらに天文学的な数字になっているでしょう。このような情報爆発状態の中でデジタルのチャネルで生活者と繋がることは、ビーチで1粒の砂を拾い上げてもらう以上に難易度の高いことです。特に2030年の消費者は、先ほども書いたように「チャネルホッパー」です。チャネルホッパーは溢れかえる情報の中で「自分の好きなタッチポイント」だけを選びとって接するため、いかに接点を持てるかが非常に重要になってくるでしょう。現在は、可処分所得から可処分時間の奪い合いに変わってきていますが、さらに「可処分接点」の奪い合いへと移っていくのではないかと考えています。そうした中で、リアルの場を持っているということは、肉体がリアルからは逃れられない私たちとの接点としては、ますます重要になることは間違い無いでしょう。

リアル店舗の役割:「体験」、「セレンディピティ」を生むこと

しかし店舗としての役割と形態は2030年には大きく変わっているでしょう。コンビニエンスストア、駅のキオスクなど、今すぐ欲しい、商品単価の小さいもの(そしてそれを消費者がわかっている場合)をクイックに入手するための小売店は、すべて無人店舗化しているのではないでしょうか。

一方で、多くの店舗が、その場で商品を販売することがメインの目的ではなくなります。なぜなら、最終的に消費者が購入してくれるのであれば、そのチャネルは問わないからです。したがってリアル店舗では、消費者との新しい接点となって、より消費者をインスパイアする「体験」や、セレンディピティ(素敵な偶然の出会い、予想外の発見)を生み、消費者が商品や企業を好きになる仕掛けを作り出すことに注力することになります。

例えば、今だと「フーマーフレッシュ」のように目の前で食材を調理してくれるレストラン型のスーパーマーケットや、居心地のいいカフェのような店舗など、商品だけを打ち出すのではなく、商品を取り巻いて消費者のライフスタイルを彩る世界観を表現した、一見小売業には見えない店舗が増えているでしょう。店舗は、今のように、価格や品質、品揃えなどを他店と競うという「良い・悪い」ではなく、いかに消費者に気に入ってもらえるかという「好き・嫌い」という世界で存在することになるのです。そしてそのためには、入店前から店内、そして退店後まで、いかにパーソナライズ化して個々のお客様に寄り添えるかも重要になってきます。

来店前には「極めて有用」な情報がスマホに届く

ビーコン、あるいはジオフェンスなどのテクノロジーの進化によって、お客様が店舗に近づくだけで、お客様ごとにパーソナライズされた極めて有用な情報、例えば、以前から欲しいと感じていた商品のシークレットクーポンや、定期的にチェックしている商品の新作入荷情報などが通知されます。

店内では、あらゆる行動データを取得

OMO化された店舗では、店内においてもお客様のあらゆる行動データを取得します。どんな動線か、どの棚でどれぐらいの時間滞在したのか、実際にどの商品を手に取って眺めたのか、購入せず棚に戻した商品は何だったのか——。あらゆるデータが収集、分析され、サービスの改善や店舗空間の変更、商品開発などに活かされていくのです。

好きな日時、場所、方法での受け取り

バックエンドでは、IoT、AIによって物流が効率化され、マイクロフルフィルメントセンターが店舗に統合されていたり、ドローンの配備により、購入商品の配送は消費者の自由自在になっているのではないでしょうか。

消費者はあらゆる購買ストレスから解放される

ここで描いた小売店の未来予想図は、考えうる可能性の中からピックアップしたほんの一部分でしかありません。しかし一つ言えるのは、2030年には、消費者はあらゆる「購買ストレス」から解放され、より快適に買い物をしているということです。

そして、いかにテクノロジーが進化し様々な業務が自動化されても、小売業は無機質なものになるわけではなく、特にリアル店舗という場所では、より体温を感じるコミュニケーションを、リッチな顧客体験として楽しんでいるでしょう。