■買い物体験はテクノロジーでどこまで進化できるだろうか
ニューリテールの時代では、小売の販売スキームとして「DETモデル」が重要になると考えられる。DETとは、Data(データ:顧客情報)、Engagement(エンゲージメント:顧客とのつながり)、Touch point(タッチポイント:顧客との接点)のことで、顧客データを基に、エンゲージメントを高める施策を行い、ECやアプリ、店頭などあらゆるタッチポイントで購買につなげるという、一連の流れを示している。肝心なのは、商品を売る前にエンゲージメントを高めるという点である。ニューリテールではエンゲージメントスコアの高い消費者は、低い消費者よりも、売上に貢献してくれると考えられているのだ。
DETモデル
そして、こうしたエンゲージメントを高める手段の一つが、買い物体験という体験価値をいかに提供できるかである。極論を言うと、物を買うだけならAmazonなどのモール型ECサイトで十分事足りる。そうした状況において、小売企業は、店舗もオンラインも物を売買するだけの「BUY」から、わくわく感や偶然の出会いなど買い物体験を楽しむ「SHOPPING」の場となる必要があるのだ。しかし今、店舗とオンラインのそれぞれの買い物には、良さと課題がある。例えば、店舗には、わくわく感や感動などのエンタメ性を体験しやすい反面、見て回ることによる疲労や店舗に足を運ばなければならない面倒臭さがある。一方でオンラインは手軽に見たり買えたりするなどの利便性は高いが、店舗の持つ臨場感や偶然の出会いは演出しきれていない。
こうしたそれぞれの良さを融合させつつ課題を解決するための手段として、XRが注目されている。XRとは、VR(Virtual Reality:仮想現実)やAR(Augmented Reality:拡張現実)などで、現実とは異なる仮想空間の構築や現実世界への情報の付加によって、現実世界だけでは成しえなかった体験を実現するテクノジーである。話題となったポケモンGOはまさしくARであり、XRはゲームやエンタメ領域では盛んに活用されてきたが、医療や土木・建築、スポーツ、教育など様々な領域でも活用され始めているのだ。そして小売・流通においても、消費者の「体験価値」を高める手法としてXRには大きな可能性があるだろう。
ポケモンGO ※出典元:Wachiwit / Shutterstock.com
■Webブラウザで見れる「VRコマース」
エスキュービズムで2018年に開発されたのが、「VRコマース」というテクノロジーである。これは、店舗を360度撮影して、ウェブ上に店舗を再現してしまうという取り組みである。ECサイトでよく見られる商品の羅列ではなく、あえて店舗を再現することで、店舗での買い物体験をオンライン上で実現しているのである。一方で、CGの活用や動画の埋め込みなどによって、店舗ではできないこともこのVRコマースの世界では表現できるのが面白い点だ。また、AIチャットボットと連携することで、オンラインが得意とする目的買いにも対応している。運用面などの課題もあるが、企画次第では小売の可能性を広げてくれるテクノロジーなのである。
■ARアプリ「IKEA Place」
家具量販店のイケアは、早くからARの研究に取り組んでいる企業の一つである。そんなイケアが2017年に発表したアプリが「IKEA Place」だ。このアプリには、ソファやテーブル、椅子、収納ケースなどのイケアの家具が掲載されており、スマートフォンを通じて、部屋のどこにでも家具を置くことができる。IKEA Placeでのほとんどの3D家具は、部屋の比率に対して正確なサイズで表示され、生地感や陰影などもリアルに再現されている。今までは、家具の色やサイズが部屋に本当に合うかどうか、実際に商品が届いてみないことにはわからなかった。しかしこのアプリは、店舗での家具を選ぶ楽しさとオンラインでの手軽さを両立してくれるのだ。こうした事前のフィッティングは、家具だけでなくアパレルや家電など様々な領域で活用できるだろう。
IKEA Place ※IKEA HPより
■すべてが買い物体験になる時代だからこそ「×Commerce」の対策が必要
2018年6月に、Instagram上の投稿からそのまま商品を購入できる「Shop Now」が日本でもリリースされたことが話題になった。さらにはライブコマース、動画コマース、メディアコマースなども話題となっており、今後も新たな「〇〇×Commerce」は生まれていくだろう。消費者に「体験」を提供しながらエンゲージメントを高めつつ、そのタッチポイントにおいてスムーズに購買までつなげる仕組みが今後ますます必要となる。急速に発展しているテクノロジーを活用することで、消費者と今まで以上にリッチなコミュニケーションが可能となることは間違いない。そうした中で、店舗やオンラインのデータをいかに整理し統合するか、そうしたデータからどんなエンゲージメント施策をどのタッチポイントで実施するか、という独自のDETモデルをいかに構築できるかが求められているのである。