2020年11月11日、世界最大級の買い物デー「独身の日」に、中国のアリババグループは過去最高とな約3720億人民元(約5兆7700億円)を達成した。2019年は 約2680億元(約4兆1000億円)だったので、前年比で約38%増だ。しかも2018年は約2135億元(約3兆5000億円)のため、2017年は約1682億元(約2兆7500億円)と年々急激に増加しているのだ。また米国のAmazon.comは、2019年度の売上が2805億ドル(約30兆8500億円)、2018年度は2328億ドル(約25兆6157億)とこちらも年々増加している。1990年代半ばにEコマースが登場してからわずか25年あまり、小売業に軸足を置いてきたECのメガプラットフォーマーたちは今や小売業界だけでなく、世界を激変させたと言っても過言ではない。
そんなプラットフォーマーの勢いは止まることなく、事業の枠を飛び越え、地殻変動を起こしながらさらなる発展を目指している。
メガプラットフォーマーが持つ「強み」の正体
そもそも、プラットフォーマーとは何か。最大公約数的な定義で言えば、様々なモノ、情報、サービスなどを載せて展開する「場」を提供することで利用者を増やしていき、市場で優位性を獲得するビジネスモデルを選択した企業のことになる。
一口にプラットフォーマーと言っても、例えばAmazonとアリババでは、その成り立ちは創業者のバックグラウンドや哲学によって全く異なってくる。彼らがここまで成長してきた力の源泉は、それぞれの先見の明を形にできる哲学や意思の強さにあるという大前提を念頭に置かなくてはいけない。
しかしながら、いくつかの共通点が垣間見えるのも事実である。キーワードは「顧客データ」に他ならない。小売業界においてメガプラットフォーマーが強い最大の理由は、データによって可視化された膨大な顧客の行動を、完全にプラットフォームの範囲内に囲い込んでいることにある。以下で、この「強み」をどのように生み出しているかについて考察したい。大きくは3つの要素があると考える。
①圧倒的な投資力
例えばECプラットフォーマーと、ECサイトの他にリアル店舗の運営を抱える企業を比べた場合、一番大きな違いはECに対する投資力と言える。
限られたリソースを店舗の運営とECで分配しなくてはならない企業と違い、プラットフォーマーは惜しみない資金と人員をプラットフォームの成長のために投入することができる。
Amazonなどは創業当時から、プラットフォームの成長のために利益を先行投資に回し、10年近く赤字経営を続けてきたという事実があるが、Amazonが巨大になり、事業の幅も広がった今では、その動きがさらに加速している。
Amazonにとっては、EC自体がもはや利益を追求する事業ではない。ECに集まった顧客を理解するための材料(=顧客の行動データ)を手にすることこそが真の目的である。何故なら、そのデータがさらなるビジネスを生む卵であることを彼らは知っているからだ。
だからこそ、AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)など、究極的に利益率の良い事業で得たものを、EC改善のための先行投資にどんどん回す。その結果、ECの利便性はどんどん向上し、そしてそこに顧客が集まり続ける図式が出来上がる。
一方で、商品の販売自体が事業の根幹を成している企業の場合、その本筋であるECサイトの投資に利益の大半を注ぎ込むという判断はなかなか難しいだろう。これは、そこに割ける人員に関しても同様のことが言える。
②正のループ
上記項目でも述べたが、メガプラットフォーマーには自然と大量の顧客行動データが集まってくる。彼らはそれを最大限に活かすことで、ECサイトへの集客からコンバージョンまで、データドリブンな精度の高い施策を打ち、パフォーマンスを発揮することができる。
結果を出せば、その結果が欲しい新規出店者が続々と集まり、そしてますますデータの精度は上がっていく。この「正のループ」で、メガプラットフォーマーは加速度的な成長を遂げてきたと言える。
さらに、この顧客行動データは、様々な事業を展開するにあたっても非常に大きな武器となる。特にメガプラットフォーマーに集まってくる顧客は、その年齢層やライフスタイル、価値観の幅も広くなるため、ジェネラルな分析も、どこかにポイントを絞った分析も可能である。それはつまり、自社のプラットフォームで展開する新規事業などを起ち上げる際に、多角的な分析によって「大きく外すリスク」を低減することが可能なことを意味している。
一方で、ある程度顧客層が固まっている小売企業の場合、新規事業を起ち上げる際、特に全く新しい顧客層を取り込みたい場合などは、市場分析のコストパフォーマンス(かけられる費用に対する分析の精度)で、どうしてもメガプラットフォーマーには叶わない部分が出てきてしまうだろう。
③経済圏の構築
利便性を追求して先行投資を惜しまず、精度の高い分析によってサービスの改善を続けるメガプラットフォーマーから顧客が享受するメリットは計り知れない。そして、そのメリットによって顧客を外に流出させず、あらゆる行動を自社のプラットフォーム内で完結させる、つまり経済圏を築く力が、メガプラットフォーマーには備わっている。例えば、ECサイトを利用した際に発行され、同一プラットフォーム内の別サービスでも利用できる「ポイント」なども有効な手段の一つだ。
ポイント戦略に力を入れている「楽天」を例に取ると分かりやすい。「楽天市場」というECサイトの他に、トラベル事業や携帯電話サービス、CtoCプラットフォームの「ラクマ」など、顧客はあらゆる場面でそのポイントを利用できる。言い換えれば、消費者はそのポイントを使う場面を楽天内で自由に選択できるというわけだ。楽天はポイント付与率の高さも突出しており、消費者が楽天関連のサービスを積極的に利用することで、最大8%の還元率を実現している。
これはまさに楽天が築いた「経済圏」であり、2018年の時点でその規模は会員数11億人以上、流通総額はEC事業だけでも3兆4000億円、楽天全体では10兆円を超えるとも言われている。
プラットフォーマーが流通小売業界にもたらしたもの
潤沢な投資力が顧客を呼び込むことに繋がり、そこで獲得したデータを活かしてさらに利便性を高めるという循環は、全てのメガプラットフォーマーに共通しており、こうして彼らは、彼らだからこそ成し得たイノベーションで流通小売業に多大なインパクトを与えてきたのだ。
そこには、単に強大な競合というより、小売専業企業にとっても手本となるような内容も多分に含まれていた。例えば、ECの進化とともに注目されたオムニチャネル戦略、そして、その延長線上にあるユニファイドコマース戦略などもその一つと言える。
顧客にとって「欲しいものが、欲しい時に、欲しい場所で手に入る」というのがオムニチャネルの理想像とした時に、システム上での顧客ID、在庫情報の統合ということの他に、少なくとも「顧客接点の増加」と「超効率的な物流網の確保」についてクリアしなくては、実現が難しい。
オムニチャネルの必要性は理解できても、その構築の難しさから、日本の多くの流通小売業が手を拱いている間にも、Amazonなどは自身がリアル店舗を展開していなかった頃から、Amazon Primeという物流サービスで圧倒的に顧客満足度を上げ、Amazon Dashという革命的な発想で顧客接点を増やした。これはある意味でオムニチャネル発想をAmazon流に具現化したものと言えるだろう。
そしてそれは、アリババの創業者ジャック・マーが提唱する「ニューリテール」に代表されるように、今後の小売業にとってなくてはならないOMO(Online Merges with Offline)という考え方に繋がっていく。
アリババが展開する「フーマーフレッシュ」は、メガプラットフォーマーがECだけでなく、リアル店舗まで手がけて具現化した、これからの小売業の形の、まさに代表例と言えるだろう。
拡大を続けるプラットフォーマーが作る小売の未来とは
メガプラットフォーマーは、これまで築き上げてきた強みをベースに、現在も立ち止まることなくその影響力の範囲を拡大し続けている。自動車業界や金融業界などと同様に、今やプラットフォーマーがプラットフォーマーを取り入れていくことで経済圏のポテンシャルを一気に拡大するフェーズとなっているのだ。先日、ヤフーがファッションECプラットフォーマーのZOZOを買収したことは記憶に新しいだろう(さらに、まさにこの原稿を執筆している最中、ヤフーとLINEが経営統合するというニュースまで飛び込んできた)。
今後、プラットフォーマーは小売業界でどのような未来を築いていくのだろうか。
リアル店舗からPBまで、あらゆる形で市場を席巻
キーワードの一つがリアル店舗である。今後のメガプラットフォーマーは、「フーマーフレッシュ」のように、リアルな場も含めた新しい購買体験をどんどん提供してくることだろう。何故なら、彼らは、彼らにとって新しい業態であっても、確実に勝てるだけの材料(=データ)を持って新事業を開拓していくからだ。フーマーフレッシュの新規店舗展開戦略も、場所が決まった時にはすでに確実に勝てることがわかっているという。
同じロジックで、プラットフォーマーによるPBの展開も、今後はますます広がっていく可能性が大いにある。彼らは、どのような商品をどのような価格で、どのようなストーリーを持たせて販売すれば、どの顧客層に当たるかを把握することができるからだ。
リアル店舗を展開する意味は、売上だけではない。例えばAmazonがAmazon Goやホールフーズマーケットを手がけるのは、そこで手がけた業態の横展開や、生鮮食品という、EC化率が低いジャンルにおける物流を確保した上で、OMOを実現しようという意図なども含まれているだろう。
いずれにせよ、販売チャネルから販売ジャンル、商品に至るまで、あらゆる形で市場をプラットフォーマーの色に染めていこうという動きが顕著になっていると言える。
データ資産を活かしたBtoBビジネスの加速、そして社会インフラへ
また、今後のメガプラットフォーマーは、彼らのデータ資産を拠り所にしたBtoBの外販ビジネスをもっと拡大していくだろう。Amazonもアリババも楽天もZOZOも、すでに広告サービスを展開しているし、プラットフォーム上での売上を頼りにしている企業のニーズは大きい。そして、何しろそれらは小売ビジネスと比較して利益率が圧倒的に高いため、ここで得られた利益は、再びイノベーションを起こすための投資に回すことができる。
このようにして、決済手段なども含めた総合力を持つメガプラットフォーマーは今後、もはや流通小売業や一部のサービス業という枠を超えて、社会インフラ的なポジションになっていくのではないだろうか。
全く違う目の付け所から、新星が登場する可能性も
こうして見ると、すでに巨大なデータ資産を築き上げているメガプラットフォーマーが流通小売業界を牽引する図式は、当分の間は変わらないと言える。ましてや、後発の新星プラットフォーマーなど付け入る余地などないようにも見えるが、実は今中国に、まさに新星のようなプラットフォーマーが存在する。それが創業4年の「併多多(ピンドゥオドゥオ)」である。
併多多は、「徹底した低価格」「グループ割引」「メインターゲットは農村の住民」という、競合と明確に差別化された戦略を柱に、創業4年で時価総額400億ドル(約4超3500億円)にまで成長している。これは中国のIT業界でランキング上位5社に入る成績だ。
併多多の例に見るように、ジャンルやターゲット、ビジネスモデルなど、目の付け所次第では、まだまだ後発のプラットフォーマーが登場する可能性があるのではないだろうか。